小説:望みなき恋と光⑨

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ロゼール③

シルベストル様と初めて口づけをした日から、半月。
アシル殿下の禊から国葬の儀まで、公務でお忙しくなったシルベストル様と、参列くださる国賓をお迎えするための部屋の準備で女中(メイド)として多忙を極めた私は、その間会う事は叶わなかった。

どうにか合間を見つけては薔薇の垣根まで行ってみたけれどそう簡単に会えるはずもなく、シルベストル様に最初に声をかけていただいたあの日は、運命の女神の気紛れな思し召しだったのだろうと感謝が絶えない。

それでも、いつかまたお会い出来たらと願う思いを支えに、寂しさを誤魔化すように忙しさへと夢中で逃げ込んでいた頃合だった。
管理官ルノダ様から、突然の呼び出しがあったのは。

「ロゼール・ラフォン。――――――ついてきなさい」

ルノダ様の部屋を訪れると、挨拶をする間もなく再び廊下に連れ出され、ついて来いと言われたからには、灰色の短い髪の下にあるとても綺麗な襟足を見ながら、粛々とその後を追いかけて行くしかなかった。
普段、下働きから侍女までが詰めている馴染みの建物を抜けると、これまでの、雰囲気とは一変、煌びやかな装飾が施された廊下の景色が始まり、私が清掃と仕上げを担当している薔薇の間《ロゼ》と白百合の間《ル・ブラン》もここにあるけれど・・・、

「・・・・・・」

ルノダ様は無言のまま進んでいく。
私の胸は、期待に膨らんで高鳴り始めていた。

なぜなら、建物が途切れたその先に続くのは、壮大な庭の中央にある白の文様が美しい細く長い石畳のVoie royale《王家への道》。
そして、その向こうに聳えるのは、豪華絢爛を超えて圧倒的な存在感で建つ宮殿だ。

「綺麗・・・」

一歩足を踏み入れる毎に、まるで空の雲の中を歩いているような気分になった。
柱に、天井に、美しい白百合の彫刻が施され、まさに究極の白の贅を尽くしたとも見える白亜のお城・・・。
この白を保つためにどれだけの人員が割かれているか、それこそがコルベール国の密かなる権威の主張であり象徴であると、初めて出仕した時の指南役が胸を張っていた根拠を漸く理解出来る。

「これが、中央宮殿・・・」

シルベストル様が、いらっしゃる場所――――――。

「ロゼール・ラフォン」

宮殿内に点在して立ち並ぶ騎士様方の姿にも胸を躍らせつつ歩いていた私の前で、ルノダ様が急に振り返った。

「これから一時間程は、この宮殿には陛下の手の者しか出入りをしません」
「・・・はい」

やはり、シルベストル様にお会い出来る・・・。

緊張で体が縛られたような気になるけれど、顔を綻ばせたのはその喜びからだ。

「亡きアシル殿下の事で話は頓挫していますが、ラビヨン様は、以前あなたに打診した件について、前向きに進めるつもりでいるようです」
「・・・」
「ここから先に進めば、自(おの)ずとその流れになるでしょう。私があなたの気持ちを尊重出来る、これが最後の好機かも知れません。ロゼール・ラフォン。あなたは、陛下の側妃として、お傍に上がる事を望みますか?」
「ルノダ様・・・」

打診と言われても、王家の方の意向を踏まえて望まれたなら、ルノダ様に断るという選択肢はない。
あくまで、側近であるラビヨン様からのお窺いであるという事を建て前に、今ならば、あれこれと理由をつけて召し上げを逃れられる可能性が少しはあるのだと、そう気遣って下さってのお言葉だ。

けれど、最初にお話をいただいた時とは、何もかもが違ってしまった。
私の心は、既にその未来へと希望をもって傾いている。

「――――――私に、陛下をお慰めする事が出来るのなら・・・」

もし、シルベストル様が望んで下さるのなら、たとえそれがひと時の事なのだとしても、二度と出る事のない後宮の一室で、あの方をお待ちする人生を送っても構わない。
それほどに、シルベストル様の傍にいる事を強く求めている自分がいる。

「私は、それを望みたいと思います」
「・・・わかりました」

決意を述べた私に、頷いたルノダ様は、これまで見た事も無い仄かな笑みを返してくれて、

――――――その日から、私とシルベストル様の会う場所が、薔薇の垣根の前から、中央宮の一室となった。

 

シルベストル様の私室の一部だという広いお部屋はとても幻想的で、緋色と青色とを織り交ぜた絨毯と、金の細工で飾られたテーブルやソファを含む数々の調度品の、それ以外は全て真っ白という不思議な空間。
雲の中に住まうとは、この部屋で息をする事と同等だろうと、そう思ってしまう程に現実離れした美しさがここにはあった。

「強く在りたかったわけではない。強くないと、死からの視線を躱す事は出来ないと思えた。・・・目を閉じれば訪れる闇すらも、恐ろしくて仕方が無かったのだ。目を閉じる事が出来ず、眠れない日々が幾日もあった。そんな時を経て、私は強く成らざるを得なかったのだ」

暗殺を恐れた王妃《ははぎみ》様によって、幼年期をずっと後宮の一室でお過ごしになられていたという陛下は、薔薇の垣根を挟んで過ごした時間を、初めての安らぎだったと伝えてくれた。

「そして今、このように安らかに過ごせる時間が、余は愛しくて仕方ない」
「シルベストル様・・・」

ソファに並んで座り、お茶を飲みながら思いつくままに言葉を交わす時間。
凛々しいお姿で、こうして弱音を吐かれる事を私との時間に充ててくださっているのだと、そう自覚してしまえば、ただそれだけで私の中の何かは震えてしまう。

「私も・・・こうしてお傍にいる事がシルベストル様のお慰めになっているのであれば、とても幸せです」

勇気を出して、思いの丈を言葉に紡ぐ。

「ロゼール・・・」

こうして私の意思を示す事で、シルベストル様は漸く私の頬に指を触れさせ、啄むようなキスを下さるのだ。

でも・・・、

「――――――陛下。お時間です」

シルベストル様の特別であると信じられる僅かな希望に縋り、唇が重なって幸せを感じられるのはいつも図られたように別れの時間が近付いた時だけ。
部屋の隅に控えて立っているオーブリー・ラビヨン様から声がかかれば、シルベストル様は決まり事だと言わんばかりに、ホッと息を吐いてすかさず立ち上がる。

「また待っている。ロゼール」
「・・・はい。シルベストル様」

私の手を引いて立ち上がらせ、体を傾けるようにして頬に口づけをしたシルベストル様は、私が入ってきたのとは反対の扉から悠々とした足取りで出て行った。
その御姿が扉の向こうに消える直前、控えていた侍従の方が書類を広げて深刻な顔で話し始めて、ご多忙でいらっしゃるにも関わらず、私との時間をとってくださる事には嬉しさを思うけれど、時間が差し迫った僅かな間にキスを交わす事以外に、薔薇の垣根を挟んでいた時とは何の変わりも無い事に、不安は日々募っていた。

この部屋に来るのは、もう何度目だろうか。
それなのに、シルベストル様と私の距離は、お会いする度に空いていくような気がするのだ。

そっと、さきほどは確かにシルベストル様と触れ合っていた自分の唇を指でなぞる。

シルベストル様からの私へのキスには、どのような意味があるのだろう。
ルノダ様がおっしゃって、そして私が考えていた寵愛とは、随分と意味が違うように感じられる。

それとも、私が何か粗相をして、シルベストル様のご興味を外れてしまった・・・?

「ロゼール・ラフォン嬢」

立ち尽くしたまま考えに耽ったせいで、ラビヨン様が近づいてきている事にも気づけなかった。
赤い髪からくる印象のせいか、眉間に皺を寄せる表情には、何かに対する厳しい思い入れがあるように思える。

「大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫、です」
「そうですか。ではどうぞこちらへ」

入ってきた扉の向こうに戻るようにと、まるで舞うような仕草で促されればそれに従う他はない。
初めてこの部屋に入った日、私がどれだけの覚悟を以ってやってきたのか、理解しているのは、もしかしたらルノダ様だけかもしれない・・・。

こんなに好きになってから、この先、私は何を言われるのだろう。

“やはりそなたは妹でしかなかったようだ”

私と過ごす時間が安らかで愛しいと思うのは、そういう感情からくるものが根底にあるからか。
それとも、垣根越しだった事こそが、シルベストル様にとって重要なのだとしたら・・・?

気落ちする思考ばかりが私を蝕み、部屋を出ようとする一歩一歩が、まるで足枷があるかのように重たかった。

「ご容赦いただきたい」

不意に、後ろを歩いていたラビヨン様がそう声をかけられて、私はドキリと肩を上げた。

「陛下は、迷っておいでなのです」
「・・・え?」

予想もしなかった言葉に、足を止めて振り返る。

「迷っていらっしゃるというのは、その・・・どのような事に・・・?」

食い下がった私に、ラビヨン様は一瞬驚いたように目を見開きながらも、微かに笑って答えをくださった。

「王宮に働いているラフォン嬢ならば無論、後宮での側妃方の争いのし烈さは聞いた事がおありでしょう。唯一の御子であるアシル殿下が亡くなられて、再び後宮は暗雲に呑み込まれようとしています。ラフォン嬢のように、そのような暗い世界と無縁だった娘を、果たして自分の望みだけで傍に呼んでいいものかと、とても迷っていらっしゃる」

その瞬間、私は遠くなったと感じてしまっていたシルベストル様の御心に、改めて触れられたような気がした。

「そう・・・なのですね」
「陛下は、ラフォン嬢の事を大切に考えておいてです。だからこそ、もし王子が生まれた時の事を考えて躊躇しておられる」
「・・・え? あ、あの」

側妃になるという事は、妻になるという事で、そうすればシルベストル様の御子を授かる日は来るかもしれないけれど、そうなれば、私が母として何を唱えようとその御子は王家の子。
貴族の娘として教育を受けた私は、子の全てはシルベストル様に委ねると、否やを唱える事は無いのに、何を躊躇っていらっしゃるのだろう・・・。

疑問しかなかった私を諭すように、ラビヨン様が真剣な眼差しで私に告げる。

「もしもあなたが王子を産めば、その御子は生まれながらに王太子。・・・つまり、必然的に、あなたが王妃となられるからです」
「・・・あ」

そうだ。
王太子という次代国王の席が空いている今、コルベール国の王妃ブランディーヌ様は仮のご正妃として身分が半歩下がった状態になる。

そして、もしも私が御子を授かれば――――――、

「あなたを失うかも知れない魑魅魍魎の住まう世界に、想いのままあなたを誘って侍らせる事を、陛下は深くご思案でいらっしゃいます」

お兄様・・・。

“ロゼールは人が好いから、王家のそういった黒い部分にお前が巻き込まれてしまわないか心配だ”

どこまでも杞憂だった筈のお兄様の言葉が、突然に現実感を以って、私の脳裏に凄まじい勢いで落ちてきていた。

 

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